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水戸地方裁判所下妻支部 昭和23年(ワ)109号 判決

原告 吉田信太郎

被告 常総筑波鉄道株式会社

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告は、被告は原告に対して金三百六十四万五千二百六十五円及び之に対する昭和二十四年一月二十九日から右完済に至る迄年五分の割合による金員を支拂うこと。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに保証を條件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として原告は昭和二十一年三月三十一日現在茨城縣北相馬郡小絹村大字寺畑三十六番地に木造瓦葺平家住宅一棟建坪三十坪六合外附属建物として納屋、倉庫、炊事場、肥料舎等九棟建坪合計約九十四坪を所有し田畑二町八反歩を耕作する專農として村内上流の生活を営んで居つたのであるが、昭和二十一年三月三十一日水海道駅発午後二時十七分の被告会社所有の上り列車が原告の住宅附近を通過した際に右列車の機関車の火粉が鉄道線路東南方約十五間を離れた同村大字寺畑二十六番地寺田由太郎所有の藁小屋の屋根に飛火して発火し遂に大火災となり、附近民家住宅合計三十棟を類燒させた際原告所有の前記建物全部衣料類夜具類一切農器具類一切保有食糧一切農業種子類一切をも燒毀せしめられ之が爲建物の損害金百十三万四千八百五十円衣料類等の損害金百七十一万四百十五円合計金二百八十四万五千二百六十五円の巨額に及ぶ損害を蒙らしめられたのである。原告の蒙つた右の損害は被告会社が鉄道運輸に当つて其の業務上の注意を怠つた爲め生じたもので被告会社は之が損害の賠償をなすべき義務を負うものである。即ち鉄道運輸を業とする会社で蒸気機関車による列車の運行をする場合は機関車からの飛火による火災の起るべき事を予知しているから鉄道線路沿線の一定距離内に飛火によつて発火し易い草、萓葺等の家屋が散在する場合は火災防止法令上の義務により防火設備を会社自ら進んで当該民家所有者と折衝してなし法令上課せられた防火設備費を分担支出し以て此の種火災災害の未然防止に努めるべきである。然るに原告附近民家で本件火災が最初に発生した訴外寺田由太郎外数名の建物は何づれも草萓葺であつたにも拘らず被告会社は右の義務に違反して自ら進んで防火設備をなさず遂に本件火災を惹起し之により原告に莫大な損害を蒙らしめたのである。のみならず本件火災発生当日は風速十五、六米に及ぶ西北の烈風で右列車の機関士は青島清一、火夫は小島森之助であるが、同人等は烈風下に列車を運轉するに当つては業務上課せられた凡ゆる注意をなし線路附近に人家密集した箇所に差蒐つた際には特に之が注意をなして除行運轉をすべきであつたにも拘らず不注意にも右の注意を怠り水海道水絹間の定時運行を十三分と云う徐行とは云えない普通の速度で運轉したのであり運轉士等が右の注意義務を怠つた爲本件火災を惹起したもので被告会社は使用者として同人等が原告に加えた損害を賠償する責に任ずべきである。以上何づれの理由からしても被告会社は原告に対してその蒙つた右の損害を賠償しなければならない。猶ほ右の火災によつて一瞬にして原告の八人の家族は着のみ着のままで避難し明日への衣食住を失い農耕は不能となり漸く親戚縁者其の他他人の同情により辛うじて露命をつなぎその間甚大な精神的苦痛の下今日漸く生活を回復した次第で被告会社は之に対して慰藉をなすべき義務があるものと謂はなければならない。而して原告は右の精神的苦痛は金八十万円を得て始めて慰藉され得るのであり茲に原告は被告に対して右建物及びその他の損害金二百八十四万五千二百六十五円に右の慰藉料八十万円を加えた損害金合計金三百六十四万五千二百六十五円及び之に対する本件訴状送達の翌日である昭和二十四年一月二十九日から右完済に至る迄年五分の割合による遅延損害金の支拂を求める爲め本訴請求に及んだ次第であると陳述し、原告の主張に反する答弁事実を否認した。<立証省略>

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その答弁として原告の主張事実中原告がその主張の日時場所でその主張の様な不動産を所有し專農として村内上流の生活を営んで居つた事、原告主張の日時場所で火災発生し原告所有の建物は全部燒毀しその爲めに原告がその主張の様な損害を蒙つた事、本件火災発生当日原告主張の通り烈風であつた事は何づれも之を認めるが他は否認する。即ち本件火災発生の原因が当日原告方附近を通過した被告会社所有の列車の機関車の飛火でない事は右機関車の運轉士青島清一が当日該地を運轉の際同車の安全瓣を閉めて火粉の散乱防止の措置を執つたので斯る状態で汽車から火粉が出る事は科学上も常識上も考えられない。又現場附近の通過が定時十一分から二分遅れて十三分を要したのは機関士が右の措置を執つた爲であり、機関車の内部の十六分の一ミリ四方の火粉防止網から出る火粉は絶対に独立燃燒し得ないことは今日の科学上の定説である事によつても明かであるが、当日烈風中の一瞬時の出來事で眞相は何人も之を知る事が困難な爲め仮に原告主張の様に本件火災の原因が被告会社所有の列車の機関車の飛火によるものであつたとしても尚且次の理由によつて被告会社には原告主張の様な損害を賠償する等の義務はない。即ち本件は失火責任に関するから当然明治三十二年三月八日法律第四〇号「失火の責任に関する法律」の適用を受け之によれば民法第七百九條の規定は失火者に重大な過失のない限りその適用を受けない。原告は被告会社は火災防止法令上の義務に違反して自ら進んで防火設備を沿線の民家所有者と折衝してなさなかつたから之によつて生じた損害を賠償する等の義務があると主張しているが、被告会社は鉄道敷設に当つては民家所有者の請求に應じて防火設備費の半額を支給して來たのであるが、大正七年四月十九日茨城縣令第十七号屋上制限規則によれば爾後新に築工する者は当然自ら不燃質物を以て屋上を葺覆すべき義務を有するところ本件最初の失火家屋の所有者である寺田由大郎は自ら右縣令に違反して家屋を新築し火災の厄に遭つたもので義務違反は被告会社にはなく右寺田にあり、從つて本件請求は寧ろ同人に対してなすべきものである。又原告は本件火災発生当日原告方附近を通過した被告会社所有の列車の機関車の運轉士青島清一等は業務上の注意業務に違反して徐行しなかつた爲め本件火災を惹起せしめたので之が使用者である被告会社は同人等が原告に加えた損害を賠償する等の責に任ずべきであると主張しているが、前述の通り当日同人等は適宜の措置を講じていたので同人等には右の義務違反なく從つて被告会社には何等重大な過失は存しない、以上何づれの点からしても被告会社には原告主張の様な損害を賠償する等の義務がないから原告の本訴請求には應じられないと述べた。<立証省略>

三、理  由

原告が昭和二十一年三月三十一日現在茨城縣北相馬郡小絹村大字寺畑三十六番地に木造瓦葺平家住宅一棟建坪三十坪六合外附属建物として納屋、倉庫、炊事場、肥料舎等九棟建坪合計約九十四坪を所有し田畑二町八反歩を耕作する專農として村内上流の生活を営んで居つた事、昭和二十一年三月三十一日水海道駅発午後二時十七分の被告会社所有の上り列車が原告住宅附近を通過後鉄道線路東南方約十五間位離れた同村大字寺畑二十六番地寺田由太郎所有藁葺小屋の屋根から発火して大火災となり附近民家住宅合計三十棟を類燒し原告所有の前記建物全部その他衣料類等も燒毀せしめられその爲原告が巨額の損害を蒙つた事は当事者間に爭のない所である。仍て先づ本件火災の発生原因が火災の発生した昭和二十一年三月三十一日水海道駅発午後二時十七分の上り列車の機関車の飛火であるかどうかの点に付て判断する。証人寺田由太郎、同寺田三郎、同小菅りんの各証言によると本件火災の発生した昭和二十一年三月三十一日は西北風の烈風で外に立つて居られない程風が強かつた事、子供も外で火遊びして遊んで居らなかつた事、最初に発火したのは寺田由太郎所有の藁小屋の屋根からで前記列車が通過して間もなく右寺田所有の藁小屋の屋根の中腹から煙が流れると直ぐ発火した事、小菅三郎の証言によると問題の上り列車が原告方前の踏切の処から北方約百米位離れた踏切の所を取手方面に向つて進行していた際機関車の煙筒から火の粉が飛んで居た事、証人花島徳治郎の証言によると本件火災のあつた恰度同じ日に同一鉄道沿線附近の結城郡三妻村大字三坂の同人方屋根から汽車の通過後発火し疊一枚敷位を燒かれた事が各認められ、檢証の結果によると最初に火を発した寺田由太郎方東北方の火災後新に生えた竹藪の東北端から西北方鉄道敷地境界杭迄九十尺で同人方西北方は竹藪で見通しは利かないが、北方に近づくに從つて何等遮る物なく前方に水海道駅方向の鉄道線路が望見される。以上の認定事実に弁論の全趣旨を綜合すると本件火災発生の原因は昭和二十一年三月三十一日水海道駅発午後二時十七分被告会社所有の上り列車が原告方附近を通過した際の右列車の機関車の飛火である事が認められ被告の全挙証によつては右認定を覆すに足りない。

次に火災の原因が被告会社側に在るならば之に付被告会社が右火災による損害を賠償する等の義務があるかどうかを判断する。

原告は鉄道運輸を業とする会社で蒸気機関車による列車の運行をなす場合は機関車からの飛火による火災の起るべき事を予知して居るが故に鉄道線路沿線の一定距離内に飛火によつて発火し易い草葺等の家屋が散在する場合は火災防止法令上の義務により防火設備を会社自ら進んで当該家屋所有者と折衝してなし法令上課せられた防火設備費を分担支出し以て此の種火災災害の未然防止に努めるべき義務がある。然るに本件火災発生当時最初に発火した寺田由太郎方家屋の屋根が草葺であつたにも拘らず被告会社は右の義務に違反して自ら進んで防火設備をなさず之が爲に本件火災となり原告に莫大な損害を蒙らしめたものであると主張しているが、原告の主張する様な火災防止法令上の義務を被告会社に課した法令上の根拠がないのみならず斯る義務を認める事は廣範囲に亘る沿線を有する鉄道会社に酷に失し今日の社会通念に照し妥当とは思はれない。却つて当裁判所に顕著な乙第三号証(茨城縣令屋上制限規則)証人寺田由太郎の証言によれば同人は線路の近くに藁小屋を建てゝは惡いと云う事は前に注意があつたので知つて居たが竹山があるので大丈夫だと思つて建てたのであり同人に屋上を不燃質物で葺覆すべき義務があつた事が認められ此の義務を怠つて防火設備をしなかつたのは同人の責に帰せられるべきである。從つて被告会社には原告主張の様な防火設備を自ら進んでなすべき義務は無く之を履行しなかつたからといつて重大な過失があつたとは謂えない。原告は又本件火災発生当日は風速十五、六米に及ぶ西北の烈風で当日原告方附近を通過した被告会社所有の水海道駅発の午後二時十七分の上り列車の機関士は青島清一、火夫は小島森之助であつたが同人等は烈風下に列車を運轉するに当つては業務上課せられた凡ゆる注意をなし線路附近に人家密集した箇所に差蒐つた際には特に之が注意をなし徐行運轉をすべきであつたにも拘らず右の注意を怠り不注意にも水海道小絹間の定時運行十一分を十三分の徐行とは言えない普通の速度で運轉したものであり運轉士等が右の注意義務を怠つた爲本件火災を惹起せしめたもので被告会社は使用者として同人等が原告に加えた損害を賠償する等の義務があると主張しているが、証人綿引作藏の証言によつて眞正に成立したものと認められる乙第一号証証人弓野丑吉、同綿引作藏、同青島清一、同小島森之助、同飯田忠一、同国府田忠一、同大沢馬一の各証言によると、本件火災発生当時の機関士青島清一は機関士としては最優秀で昭和二十三年十二月三日事故を未然に防止した事により被告会社から賞金を授與された事があり昭和二十一年三月三十一日本件火災発生当日右青島清一当時の火夫小島森之助は当時の車輛課次長綿引作藏から当日朝から風が強かつたので沿線火災予防についてその書面を配付せられ火災予防に付いて図解を示され危險な場所である人家山林附近を運轉する際は特に火災の虞のない様操車上の注意を充分受け水海道駅発午後二時十七分の上り列車の機関車に乗車したが、その際機関車の出庫点檢をなし、火粉が出ない様に取付けた機関車内部の金網の檢査をなして異状の無い事を確め積載量整備状態を確認し、石炭には散水して水海道駅を発車し人家や山林のある所で投炭しない様に注意し北相馬郡小絹村大字寺畑二十六番地寺田由太郎所有の藁小屋附近から七、八百米前方の投炭箇所で投炭し右地点の三百米前方で加減瓣を閉めて惰行状態に入りその附近からは見通しが惡い爲其の前方を注意しながら通過し鉄橋の在る所で右瓣を開けて小絹駅に進入した事が認められる。以上の事実によつて考察するに凡そ軌道上を走る列車の機関車を烈風下運轉し沿線の特に人家や山林の密集した火災の危險の多い箇所に差蒐つた際通常期待される運轉士等の執るべき措置としては運轉事業が公共的性質を帶びている点をも考慮に入れ右の認定事実中の運轉士等の執つた措置は万全の措置とは謂い得ないとしても少くとも必要且妥当な措置と謂はざるを得ないから右被告会社の運轉士等に重大な過失があつたとは謂えない。以上の様に被告会社自体にも被用者である運轉士等にも重大な過失があるものと謂えないから本件火災発生の原因が被告会社所有の機関車の飛火であつたにしても被告会社は之に付右の様に重大な過失なく從つて同会社は之によつて生じた損害を賠償する等の義務を負うものではない。

仍て損害並に慰藉料の支拂を求める原告の本訴請求は失当であるから之を棄却し、訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 奈良正夫 土方一義 林正行)

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